「賤吏に甘んずる」という言葉の意味とはなにか?

 

これは中島敦の書いた短編小説「山月記」の冒頭に出てくる言葉です。

 

この言葉の意味を考えると共に、山月記の冒頭を誰でも理解できるように解説していきます。

「賤吏に甘んずる」という言葉の意味

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賤吏(せんり)に甘んずる」という言葉の意味は、「身分の低い役人に落ち着くことを受け入れる」という意味です。

賤吏という言葉を知らないと意味を理解することはできませんよね。
わかったとしても、「身分の低い役人ってなに?」という話になると思います。

 

より理解を深めるために賤吏という言葉を深堀りしてみましょう。

「賤吏に甘んずる」の「賤吏」の意味とは?

先ほど、賤吏とは「身分の低い役人」と言いましたが、別の言い方をすると「下級官吏(かきゅうかんり)」です。

 

官吏とは、中国において皇帝直属の役人のことを指します。

 

下級官吏ということは「優秀な役人たちの仲間入りはしたけど役人としての地位は低い」。このような解釈になります。

 

現代風に言えば、「東大出身で官僚にはなれたけど、官僚組織の中では地位が低いポジションにいる。」、このような意味となります。

 

「賤吏」の意味はこれでなんとなく理解できたでしょうか?

では、この言葉が使われている「山月記」について話をしていきましょう。

「賤吏に甘んずる」は短編小説「山月記」に出てくる言葉

「賤吏に甘んずる」とは最初にも触れたように、中島敦の書いた短編小説「山月記」の冒頭で使われる言葉です。

ここでは、中島敦と山月記のあらすじについて少しだけ触れていきます。

「山月記」を書いた中島敦とは?

 

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「山月記」とは中島敦の短編小説で、1942年に発表されたデビュー作です。

中島敦は高校教師を務めていましたが、小説家の夢も持っており、教師をやりながら執筆活動もしていました。中島敦は持病だった喘息が悪化したこともあり、南洋庁からの仕事をもらってパラオに赴任することになります。

 

パラオに赴任するにあたって、知り合いの小説家に今まで書き連ねた小説を渡したのですが、その小説の中の1つが「山月記」でした。

「山月記」のあらすじ

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「山月記」の物語の舞台は中国でたった登場人物は2人だけ。
虎になってしまう李徴とその友人の袁傪のみです。

 

優秀な李徴と袁傪は若くして役人になる試験に合格しましたが、李徴は自分は優秀だと信じて疑わず、他人の意見は全く受け入れない性格で周囲と上手く馴染めず、役人を辞めて故郷に戻り詩を作ることに没頭します。

 

ですが、世に名を残せるような詩を作ることはできず、生活に困った挙句、再び下級役人となりますが、かつて見下していた同じ役人たちが出世しているのを目の当たりにして精神状態が崩れます。

 

そして、その限界を超えた時、李徴は虎になってしまい、徐々に自分を忘れてしまう中で友人の袁傪に出会います。袁傪に対して、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」によって虎になってしまったことを告げます。李徴は袁傪に「妻と子供を頼む」と言い残し、消えていきました。

 

これが大まかなあらすじとなります。

 

「山月記」は教科書の定番となっている小説です。
オリエンタルラジオの中田敦彦さんも自身のYoutubeチャンネルで「山月記」を解説した動画をアップしています。

気になる方は見てみてください。

 

 

中島敦と「山月記」について少し触れたところで、「山月記」の冒頭を現代語訳していきます。

「賤吏に甘んずる」を書いた「山月記」冒頭の現代語訳

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ここからは「山月記」冒頭の段落を現代語訳していきます。

 

・言葉の意味が理解できなかった
・いちいち単語の意味を調べるのが面倒だから現代風に訳されたものを読みたい

 

という方は是非こちらを参考にしてください。

 

まずは原文から。

原文

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐おうて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に駆られて来た。この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀いで、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤げは、何処に求めようもない。

数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難がたくなった。

一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇やみの中へ駈出かけだした。彼は二度と戻もどって来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。

以上が原文です。

 

ここからは現代語訳です。

現代語訳

隴西の李徴は広く学問に通じ、頭も良く、天宝の末年には進士試験合格に名前を連ね、江南エリアの役人に任命されたが、自分に固執し、他人の意見を全く聞かない性格で自分の力しか頼らず、自分が身分の低い役人であることを良しとしなかった。

わずかな時を経て官を辞めた後は、故郷に戻って静かに生活し、人と交わることなく詩作に没頭した。下級役人になって低級で下品な上の人間たちのいいなりになるよりは、詩人として死後100年名を遺す人間になりたいと思った。

しかし、中々有名になることはできず、日を追って生活は苦しくなる。李徴は焦りに駆られた。このころから見た目も険しくなり、痩せ細り、目つきだけは鋭く、役人になった当時の肉づきのいい美少年の面影はどこにもなかった。

数年後、貧困に耐えられず、妻子を養うため、再び、地方役人になることを決意した。詩人になることを半ば諦めたからである。かつての同僚たちはすでに高い地位に進んでおり、李徴が頭が鈍くて、まったく相手にしていなかった連中の命令を聞かなければならないことが秀才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは容易に想像できる。彼は不満で仕事も楽しめず、非常識で道義に反する行動に駆られることを抑えるのが困難になってきた。

1年後、公用で旅に出て汝水(河南省からに流れる川)のほとりに泊まった時、遂に発狂した。とある夜中、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、訳のわからないことを叫びつつ、そのまま下に飛びおりて暗闇に落ちていった。彼は二度と戻ってこなかった。近くの山を探しても何の手がかりもない。その後李徴がどうなったかを知る人間は誰もいなかった。

これが「山月記」冒頭の訳です。

難しい単語が多いのでとっつきにくい印象を持たれる方も多いかもしれませんが、1つ1つの単語の意味を理解して読んでいけば、味わい深い面白い小説です。

「賤吏に甘んずる」の意味まとめ

「賤吏に甘んずる」とは「身分の低い役人に甘んずる」という意味でした。

 

これは中島敦の短編小説「山月記」の冒頭で使われている言葉の1つです。冒頭の現代語訳も読んで、この小説の世界観を楽しんでもらえたらと思います。